先日、セカンドオピニオンでお世話になった久留米の病院を卒業しました。術後5年が経過し、結論から言うと転移は無し。また、今後再発も無いだろうとの主治医の見解でした。今回は、術後体調の推移(排泄障害を含む)や検査内容などについて5年を振り返ります。
また、私のフォロー採血「検体検査」数値を公開しCEAやCA19-9ほかのすり合わせもします。
「直腸癌」手術後、特に一時ストーマ閉鎖後の排泄障害で悩まれてる方の参考になれば幸いです。
「直腸癌」手術後5年経過しセカンドオピニオンを卒業
実は、その日が最後の久留米の定期検診になるとは認識してませんでした^^;
その日はたまたま妻も一緒に行ってくれてご挨拶もできましたが、あ~、手術から5年経ったんだなと感慨深いものです。
これで今後は、高速を使い隣の久留米まで1時間以上かけて通院することもなくなりました。卒業です。
———————————————————–
私は2015年に、福岡の病院から久留米の病院へセカンドオピニオンとして転院し、直腸がん2bの「肛門温存手術」をしました。その手術の権威と評判のA主治医に執刀よりお世話になりました。
福岡の病院では、肛門温存手術をしない(やらない)方針だったので、私が希望しA主治医のセカンドオピニオンを受けそのまま納得・信頼して入院の手続きとなったのです。
もちろん、その先生のことは用意周到、事前にかなり調べました。「面白い世界観を持ってらっしゃるドクター」という印象のまま診察を受けた記憶があります。
信頼できる主治医を選び、納得して腑に落とすことは非常に重要なことです。納得できなければ、2回3回~とオピニオンを受けるべきだと思います。何故なら、術後に必ず後悔するから。
私は、現在も排泄障害により辛い生活を送らざるを得ない状態です(後で詳細を語ります)。しかし、A主治医による手術結果なので多少の不便は仕方ないな、と納得しています。それは事前の説明も十二分にあり、結果に関しては許容の範疇であったから。
最終的に手術を決断するのは自分であり、自己責任になります。
直腸癌の手術~退院、通院の5年間をふりかえる
直腸癌の手術から退院、通院の5年間をふりかえってみると正直あっという間の5年だった印象しかないです。1番長く辛かったのは、退院前の40日以上にも渡る絶食で管が体や鼻に何本も、背中には痛み止めの装置が付いている期間ですね。
手術後すぐの絶望的な体調は日に日に復活していきます。なにせ術後翌日など、立って3歩も歩けないぐらいの痛み・体調ですから。 2週間~も歩行訓練をしていけば病室前廊下を一周とぼとぼと歩けるようになります。
その後、縫合部分がほどけ破れたり、穴が空いて退院が伸びたりと細かいトラブルがありましたが結果、自然治癒に至りました。しかし、そのせいで一時ストーマ閉鎖の再入院のタイミングが2か月ぐらい遅くなったのです。
一時ストーマ閉鎖手術後ICUは熊本大地震でパニック!
2016年(平成28年)4月14日(木)及び4月16日未明に発生した震度7を超える熊本地震の時、隣町の久留米の病院6階にあるICUにいました。一時ストーマ閉鎖後すぐの「ダダ洩れ」状況の中、地震警報が絶え間なくなり続き、ベッドや便座から転げ落ちるぐらい激しく揺れて大パニックです。
熊本は大きな被災をし、近年の度重なる豪雨被害も重なり、未だに復興半ばです。謹んでお悔やみ申し上げます。
正直、この世の終わりと覚悟したほど揺れまくりました。
集中治療室3日後一般病棟で10日間ほど治療し退院。
ここからが問題の後遺症「排泄障害」との戦いが初まります。
ストーマ閉鎖手術後「排泄障害」の軌跡
最初の1ヶ月は排泄の都度に激痛を伴いかなり辛いです。
ほぼ100%漏らすのでオムツパッドはたくさん消費します。
1日4~50回ぐらいはトイレ通いをしたでしょうか。
便座に座ってる時間の方が長かったぐらいトイレと友達になれました(笑)。
私は1年もすれば、相当慣れてオムツパッドもいらなくなるのでは?
と思ってましたが見通しが甘かったです。
結局、閉鎖手術から4年以上経過した現在でもオムツパッドは手放せない(念のためという意味もアリますが)状況です。
ただし、現在ではトイレ回数は1回で済むこともあったり、お腹が痛く差し込んでも、以前のように間に合わなくて漏らしたり段々しなくなってはきています。
また、少々便意があっても我慢ができるようになってきました。
手術で失われた”💩袋”が少しづつ形成され復活してきています。
ストーマ閉鎖手術後の排泄障害で悩まれてる方は非常に多いです。気長に構えてゆくほかありません。
食生活などは、最初の頃はかなり気を使っていましたが今ではそうでもありません。私は晩酌も欠かさないしタバコも吸います(0.1gを1日10本ペースで←言い訳)。
カレーもラーメンも食べます。でも、激辛や暴飲暴食は絶対しません(量が食べれずできなくなりました)。
暴飲暴食や偏った食事に気を付けること。神経質になり過ぎるストレスも良くないと最近では割り切っています。
私の血液検査の結果を公開します
私の術後5年目最新のフォロー採血「検体検査」数値を公開します。CEAやCA19-9など一つ一つ分析してみましょう。
γ-GT(ガンマ・グルタミール・トランスペプチターゼ)
上から見ていくと、数値が悪いのがγ-GT(ガンマ・グルタミール・トランスペプチターゼ)。下限13-上限64に対し「118」です。
飲酒するのでそれが原因ですね。これに関しては担当医はこれまで特に指導はありませんでした。「血液が濃い」とは言われましたが💦
入院しているときは、きれいに適正値に入ってました。お酒を控えればすぐに下がりますね。
CRP(反応性蛋白)
感染や何らかの組織損傷・傷害に対する免疫反応が起こると肝臓での合成が促進し血漿濃度が上昇します。
これが<=0.14に対して0.28mg/dl。主治医から特に説明・指導は無し。
CRPが5.0~10.0 mg/L(0.5~1.0 mg/dL)の範囲内の場合は軽度の(症状疾患)炎症・感染の可能性が示唆され、CRPが10.0 mg/L(1.0 mg/dL)を超えると、臨床的に明らかな急性期反応が起こっていると考えられます。
引用:ACUTECAREhttps://www.acute-care.jp/ja-jp/learning/glossary/immunoassay/crp
CEA(癌の存在を示唆する腫瘍マーカーの一つ)とCA19-9(腫瘍マーカー)
これは、<=5.0基準値に対し私は1.9ng/mlです。
CA19-9は、膵臓がん患者の血液中で上昇する腫瘍と関連のある糖鎖抗原(CA19-9)の量を測定する血液検査で、基準値は37.0以 下(U/ml)ですが、80%以上の膵臓がん患者で陽性となります。
私は4.7U/mlでした。
ヘモグロビン濃度とヘマトクリット値
ヘモグロビン濃度とは、血液中のヘモグロビンの濃度のことで、ヘモグロビン濃度が減少する病態を貧血といいます。下限13.7、上限16.8、私は17.1でした。
ヘマトクリット値は、血液(ヘマト)中に占める赤血球の体積の割合を示す数値で、こちらも貧血検査などに利用されます。下限40.7、上限50.1。
私は50.5でした。いずれも若干上限をオーバーしています。
まとめと今後の対策など
「直腸癌」手術後5年を改めて振り返ると、まず担当医に感謝です。
術後は3か月スパンでの定期検診から5か月、半年、8か月と見ていただきましたが不安になるコメントは1つも聞かなかったです。
むしろ、検診初期から「再発はまずないと思う」と言い続けてくださいました。
権威のあるドクターですし、普通お医者さんが軽はずみにポジティブな助言などしないですよね?
でも、私も普段から転移してるとか、イレウス(腸閉塞)の気配がある、など感じたことが無かったし考えたこともありませんでした。
排泄障害の後遺症にはイラつきますが、ガンによる体調不良などの要素は一切自覚しませんでした。また、仮に転移があったとしてもその時はその時です。6年前がん告知された時も「ガ~ン!?」とはならず、あー、やっぱりか・・みたいな冷めたところではありました。
最期に、強く言っておきたいことは癌と診断されたら即、速やかに標準治療をしてください。信頼できる医療機関と医師は自分で調べ診断を受け、納得できるまで説明を受けてください。手術、放射線、抗がん剤。
それ以外の、怪しげな民間療法には目もくれてはいけません。その時間がもったいない、かえってガンが進行してしまいます。
私が失敗した経験があるだけにそこは強く確信します。おかしな陰謀論は読めば読むほどサギにはまっていきます。
”どこそこの水を飲み続けていたらガンが消えた!”
”○○℃で○○を○○で温め続けていたらガンが小さくなった!”
”○○先生の言いつけを守り抗がん剤と放射線、手術も拒否して○○をしたらガンが寛解した!”
これらの結果は真逆です。皆、苦しみながら壮絶な痛みとともに亡くなっています。
どうか判断を間違えないように願います。
※当サイトではアフィリエイト広告を利用しています