義母の死を考える(Blog Hidekiのガン)

直腸ガン日記
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偶然同じ病院へ緊急搬送されてきた義母が昨日亡くなりました。

 

月曜の深夜に新宮の特養から(近くです)
私の入院している和白病院へ。

奇遇です。

 

5日目のことでした。

803なので私の623からは階段を駆け上がり直ぐなので
しょっちゅう様子見をしていました。

昨日朝6:30時点ではいつもより呼吸が苦しそうな様子では
ありました。
この5日間、血圧や心拍数などの数値は余談を許さない状況が続いてはいましたが
それなりに安定している状態でした。

 

昨日は珍しく呼びかけると目を開きにっこりと微笑んだりしたものです。
思えばそれが最後のコンタクトでした。

 

昨日金曜はMRIが午前中だけなので10時に放射線予約でした。

投射が終わり気になったので8階へいったところ。
脈拍、血圧、心音計器は0になっていました。

 

居合わせた看護婦さんも慌てた様子です。
たった今息を引き取った様子。

連れも急いで向かっています。

 

10:29私が臨終確認。

10年~入院生活を経て最後は安らかに亡くなりました。

 

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さて、いろいろと葬儀その他の手続きもあるし外泊手続き(月1回しかできません)
をして行動。

 

しかし、葬儀屋と打合せていると火葬場の手配の関係で本日がお通夜となったため
昨日は外出に変更。本日を外泊にしました。

 

また、昨日は葬儀屋と打ち合わせ中に埼玉、川口市の母より電話があったので
ちょうど良いと事情を説明。

ただし心配かけまいと自分のガン入院のことは一切話してませんので。

 

なので偶然同じ病院で~云々などの話はできず。
もっぱら福岡のケアハウスへ移動させる段取りの内容についてです。

まあいろいろと母も不安もあるでしょうからね。

 

しかし相変わらず人の話に耳傾けず、一方的にうだうだと・・・
イライラ(笑)

 

 

 

しかしいろいろなことが重なるものだ。

 

何故今?
なにか意味があるのだろうか

 

 

 

本来最も大事な仕事の局面でやらねばならぬことが山ほどあり
それに専念せねばいけない状況にも関わらず
(経済的な問題としてもね)

 

ガンになり入院治療しなければならない。

 

理事会理事長を総会直前で委任。
(これはかえって都合良かったが^^;)

 

埼玉の母は早急に救出措置で福岡のケアハウスに移動させねばならない。
(5月中旬過ぎには治療の状況、体調に関わらず東京を数回往復しなければならないだろう)

 

 

田川から新宮の特養へ義母を大移動。

 

義母は亡くなる。

 

不本意な仕事のオーダーは次々に入る(私にとってボランティア同然の、しがらみ上仕方がない)

 

とてもとてもゆっくり治療に専念などできないではないか!
と叫びたくなったが

 

でも、

 

それもこれも全て自分が蒔いた種。

なんだ。

 

文句をいったところで何も解決はしない。

 

 

ゆったり、のんびりとした時間などお前にはない

ということか。

 

 

粛々と々。

 

常に粛々と。。

 

 

そして人はいつかは死ね。

 

 

必ず死ぬ。

 

 

 

 

幸せな生涯だったのかどうか
それは本人でも図り知れないものがあるのではないか

 

 

達成する喜びを1つでも多く

 

あれもしたかった、これもしたかった
が少しでも減るように

 

躊躇せずチャレンジか

 

 

 


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