直腸がん後遺症

ストーマ閉鎖から3年|熊本地震から3年 あの時私はICU(集中治療室)にいた

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熊本地震は、2016年4月14日21時26分以降に熊本県と大分県で相次いで発生した地震。 気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が4月14日夜および4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

2016年4月14日~4月16日、熊本大地震の時

私は久留米大学病院のICU(集中治療室)にいました。
2016年4月14日~16日は私にとっても生涯忘れることのない記憶となりました。

私のストーマ閉鎖手術が実施された日、その日が正に2016年4月14日。
当日は朝7時ころから8時間ぐらいかかったでしょうか。

当時は、「今回は一時ストーマを閉鎖し肛門を復活繋ぎするだけの手術なので楽だろう」。
なんて、勝手に想像してたんです。術後の排便障害なども事前にいろいろと情報収集していたので、ある程度の覚悟もできてました。

担当医からの術後の詳細な説明も度々ありました。また、経験者などのブログをかなり読み漁ってましたので如何に何が大変なのか、事後の対処法などもそれなりにシュミレーションできてました(のつもり)。

が、しかし…現実はそんなに甘くはありませんでした。
呑気に構えてる場合ではなかった、いろんな意味で。想定外の大地震という事態も起こりましたので。
自己中な意見で申し訳ありませんが、執刀中でなかったことが不幸中の幸いだったのかもしれません。

怒涛の如く繰り返される便意⇒トイレ通いが数えきれないレベル

ベッドでじっとしていることなど無理!パンツも無理!!オムツも頻繁に、というかその都度変えないと無理。
とにかく、尋常でないぐらい便意が次から次へと襲ってきます。直ぐに漏らしちゃいます。
我慢などこれっぽっちもできません。

そりゃ肛門(直腸)がないわけですので当然と言えば当然でしょう。
予想通りの地獄が始まりました。こんなの想定内でも嬉しくもなんともないよ。・゚゚・o(iДi)o・゚゚・。
実際なってみるとこれがリアルな結果でした。

あの時を振り返ってみます。
2016年4月14日(熊本地震当日)術後の夜。

9時半頃でしょうか。病院中の携帯電話が私のも含め一斉に鳴り響いたのです。
突然でかなりの音量でしたので相当ビビリました。

あれからその音はトラウマになっています
緊急地震速報による警告が発令されたのです。
「地震が来ます」

そしてそれはほぼ間髪入れず襲いかかってきました。

もくじ

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熊本地震 その時私はICU(集中治療室)にいました

 4月14日21時26分、私がいた久留米大学病院6F(14階建て)のICU(集中治療室)でもそれはもうこの世の終わりかというぐらい揺れました。
かつて経験したことのないほど激しく揺れ、いたるところで器材、危惧が崩れ落ち強烈な音を発しています。
ガラガラ!ガッッシャーン!ドーン!パリーン!
もう、ベッドにしがみついているだけで精一杯です。
両サイドの落下防止のバーを強く握りしめてました。
直感的に、正直この病院も倒壊し終わりだという恐怖しかその瞬間はなかった。 更に恐ろしいことにこれが余震だったなんて。。。

マジ、本能的に死を覚悟したぐらい激しく揺れました。
そしてその後も頻繁にあのイヤな携帯警告音が鳴り続け激震が何回も襲ってきます。
そんな状況の中、うんち漏らしながら這いつくばり、トイレにやっとの思いでたどり着き、便座にまたがります。
が、あまりの揺れに両側の壁を両手で抑えてなくては便座から滑り落ち更に悲惨な状況(うんこまみれ)になりそう。

排便障害で辛いわ、苦しいは悲しいは、激震で怖いわ。。
16日の本震前後まで恐怖の揺れが断続的に続いてました。生きた心地がしないとは正にこのこと。
17日にICUを出て一般病棟に戻りましたが余震は暫く続いてました。毎日です。

熊本地震も直腸ガンも私への天罰か!?

熊本地震により被災され多くの方が亡くなられました。心よりお悔やみ申し上げます。
また被災地は未だに問題解決には至ってない状態です。政府はちゃんと把握しているのか?
ごめんなさい、『天罰』これはあくまで私自身の個人的な自分への思いであります。
熊本は10年ほど前に2年間ほど仕事をしていた経緯があり、すっかりこの土地の虜になり妻と移住するための物件を探していたぐらいです。
現在福岡在住ですが、熊本に事務所を構えゆくゆくは永住しようと思ってた矢先の出来事でした。

思えば、前回の13時間にも及ぶガン摘出手術も相当キツかった。術後は辛さは想像を絶する失神クラスでしたので。
ベッドから起き上がることも、たった一歩ですら歩くこともできない激痛と体力低下。

当時は「絶望」の二文字しか浮かびませんでしたね。ついに自分自身に天罰が下り、もうこれまでだと真剣に思い込み愕然としたものです(何故だか妙に納得している半面もありましたが)。

それは何故か。その理由に関してはここでは多くを語りません。
機会があれば白状することもあるかもW
とにかく、そのぐらいの緊迫した状況でした。

腹腔鏡では治まらず急遽ヘソ下からチンチンの手前まで13針ほどの幅を開腹し右側に人工肛門(一時ストーマ)装着。
背中に張り付いた仰々しい麻酔器具と言い、どこもかしこも激痛だらけです。

イレウス治療のため鼻から胃に深く突き刺さった管は40日間以上抜けなかった。
その間もちろん食事など無し。点滴は両手のどこにも針が受け付けなくなっていて看護師さんが3~4人交代でも針の交換ができない有様。
それでも10月下旬手術してクリスマス前には何とか退院。
年あけて2016年4月に一時ストーマ閉鎖手術の為再入院したわけです。

ガンになったのも肛門温存手術を選択したのも自己責任。これについては後で詳しく話します。

そして手術当日、熊本大地震をリアルに体験した時ふと思ってしまったんです。
これってやはり自業自得…?!だよね。神様はやはり俺を許さない。だよね。。
もはや万事休す。。

その時は本当にそう感じてしまったんです。

熊本地震から3年、ストーマ閉鎖手術から3年経過。

今現在はなんとか元気でやっています。
こんな俺でもなんとか生かされてる(なんでだかわからないけど)。
症状が落ち着いたら大好きな熊本に移住し、復興のお手伝いなど少しでも力になりたいな。

今は日々、排便障害とは戦っているけど、転移も無く2bだったガンも現状では範囲が認められない。マーカー反応も無くなった。

オムツパッドは手放せませんけどね。
ウンチは「硬い⇒下痢に移行」を基本としていろいろなパターンがあり、どれもそれぞれ辛いです。
それでも1~2回のトイレ通いで済む時も少しづつですが増えてきてはいます。

しかし、下痢で突然のダダ漏れパターンもまだ々ありますので油断大敵ですね。
なので、少し減ったとはいえオムツパッド、トイレットペーパーやサニーナは必需品。
毎月買い出し額がかさみます💦

ストーマ閉鎖後の困ること

1番は約束事ができないこと。これに尽きる。
私の場合、症状が酷く特にそうなのかもしれませんが、雇われ仕事は絶対無理。
一度ウンチをしだしたらまず暫くは止まりません。10~20回のトイレ通いはザラ。頻便トイレ劇場は毎日開催されます。
我慢できなく間に合わず漏らしてしまうことも度々。

朝昼晩、深夜でも食事中でもお構いなしにその便意は襲い掛かってきます。
せっかくのドライブや旅行中でも何度もやられました(;´Д`A “`
でも自分で車を運転してる分にはトイレを探したり、急いで自宅へ帰ったりと何とかなります。

でも、通勤で電車やバスに乗ったり会議やプレゼンに出席したりは絶対ムリ!個室監禁は怖い、いつ漏らすかわからないので。
トイレ入ったら30分~1時間籠城することも少なくありませんので。
通報されますよね・・・大クレームだよ。。

肛門がないので括約筋での制御はほぼ不能。ブリブリブリ~ッて派手な音立てて漏らしたら周りに迷惑です絶対。
そんなわけで自営業でなんとか救われているというのが実情です。

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ストーマ閉鎖後の問題点は解決しないの?まとめ

このストーマ閉鎖術後の排便障害の症状に苦しんでいる患者さんは大勢います。
Twitterなどで繋がった方々でも”いっそ死んでしまいたい、我慢できなくて永久ストーマに再手術で戻した”
などの人がたくさんいらっしゃるようです。
その気持ち良ーく理解できます。

トイレに1時間も籠城、やっとドアから外へ出、手を洗ってるとアレレレ、またまた便意が・・・
その繰り返しが10~20回も続いた挙句何度も漏らしちゃったりするんですから。
肛門はボロボロ、ウォッシュレット不可、出血もするし気が狂いそうにもなります。
とてもじゃないけど仕事なんか手に付きません。

時には2日間ぐらいトイレ通いから解放される事もあります。しかし、やれやれやっとこさだにゃあ( ▽ )o〇O・・なんて落ち着いてる場合でもありません。
ウンチから解放され便秘気味になったらイレウスの恐怖が待ってるのです。

イレウス(腸閉塞)とは:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この地獄の日々からいつになったら解放されるのか。
「明日、飲みにいかない♪」って誘われて「いいよ!」なんて即答できる日は来るのでしょうか。
こんな状態じゃ永久ストーマ(人工肛門)に戻した方がうんと楽なんじゃね?

当然そう思いますよね。でも私は

今後もこのままいきます。何故なら良くなってきてるから

勿論、永久ストーマに戻す選択肢も全然アリです。
そもそも、私の場合無理を言って肛門温存手術の権威の先生にお願いした経緯があります。
上手くいっても肛門の機能は最大で術前の80%である。50%、60%でも普通にあり得る。
また、開腹の状況により永久ストーマの可能性もあり得ると説明を受けていました。

・肛門より僅か2cm弱の位置にできた腫瘍であること。
・最初の病院での放射線~抗がん剤治療により皮膚が弱くなってる(液状化)ため接合が困難。

以上の理由から一般的な直腸がん手術では永久ストーマがスタンダードらしい。
それでも私は肛門温存手術にかけてみました。
優秀な先生なのでこの執刀でダメなら諦めるしかない。チャレンジなので自己責任です。

本題に戻します。
ネガティブな話ばかりのようですが、実はわずかながらでも良くなってきています。
3年経過してもまだ漏らしてオムツパッド手放せないのに??
なんて声が聞こえますが。

正に一進一退でアリさんの行軍のようにミリ単位ではありますが、確実に改善はしてきています。
私は信じたい、とかではなくて実際良くなってきています。
もう、トイレの後、激痛で歩けなくなるほどの事もありませんし、毎回20回トイレ通いしてるわけではありません。
1日1便、トイレ一発でスカッと!~パターンも増えてきました。
肛門内、接合部分の痛みや一時ストーマ痕の痛みは殆どくなりました。かなり力んでぶっといウンチひりだすこともできるようになりました。
かなり爽快!

鬼門であるラーメン食べた後、必ず下痢⇒漏らす、の構図もあえてチャレンジし3~4割はクリアする実績も出てきました。

外出中、便意が激しく襲ってきてもなんとか耐え忍べることも増えてきました。
無いはずの肛門(直腸)括約筋が少しづつ形成されてきてるのでしょう。

次回の半年点検は今週末19日(金)です。朝飯抜きで採決&CT。
特に何事も起きず問題ないと思います。

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